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名古屋家庭裁判所半田支部 昭和42年(家)71号 審判 1968年7月29日

申立人 森田昌子(仮名)

相手方 大沢定夫(仮名)

事件本人 牧島明夫(仮名) 昭二八・六・二九生

外一名

主文

申立人の親権者変更並びに子の引渡についての申立はこれを却下する。

申立人は財産分与として岐阜県本巣郡北方町大字北方字春日六八番五、宅地一一九平方米(三六坪)の所有権を取得する。

相手方は申立人に対し前記土地につき所有権移転登記手続をせよ。

理由

(本件申立の要旨)

一、申立人は昭和二七年一〇月六日相手方と結婚し、昭和二八年六月二九日その旨の届出を了し、その後、相手方との間に事件本人明夫、同理由の一男一女を儲けた。

二、申立人は結婚して約一年間相手方とともに農業に従事した後青果物商を始めたが、その間相手方は多くの女性と関係をもつようになり、ために夫婦の間に深い溝ができ、加えて近くにスーパーマーケットができたり、相手方が刑事々件をひきおこすなどしたことから青果物の販売も思うにまかせず、喫茶店経営に転業したものの、これまた営業不振で、そのため申立人は将来の生活にゆきづまりを感じ、相手方に種々提言するも聞きいれられないので、やむなく昭和三九年一〇月九日意を決して相手方の不在中、事件本人を申立人の実家に送つてほしい旨を手紙に托して前記住居を離れた。

三、その後、申立人と相手方との間で昭和四〇年三月八日一応協議離婚が成立し同時に事件本人の親権者をいずれも相手方とする旨の届出を了した。

四、親権者を相手方と指定された事件本人らは昭和三九年一二月から昭和四〇年八月まで相手方の兄のもとに預けられ養育され、爾後相手方の肩書住居に転居するに至つたが一方、その間相手方は昭和四二年四月一八日大沢隆、同ふみよの養子となり、右両名の娘大沢清美と婚姻し、事件本人らと同居しているが現在事件本人は農業を手伝わされ、勉強する時間も全くなく上級学校進学など到底望めない実情にある。

五、それにひきかえ、申立人は昭和三九年一一月より化粧品のセールスを始め、昭和四〇年六月より書店に勤め、同年一二月からは○○銀行に勤務し、月収約四万円を得て、事件本人両名を養育するに充分可能な状態にある。

六、なお、別紙目録記載の不動産はいずれも現在相手方の所有名義となつているが、それらはすべて申立人と相手方が婚姻中に取得したものであるから、相手方から申立人に分与さるべきである。

七、よつて申立人は相手方に対し事件本人両名の親権者をいずれも相手方から申立人に変更すること及び事件本人らの引渡を求めるとともに、離婚に基づく財産分与として別紙目録記載の不動産の譲渡を求める。

(当裁判所の判断)

一、本件記録に編綴されている戸籍謄抄本、登記簿謄抄本、家庭裁判所調査官藤岡岸作成の調査報告書、教諭北村均、同夏本房子作成の回答書並びに参考人大沢清美、同ふみよ及び申立人相手方の各審問の結果を総合すると、次のような事実が認められる。

(1)  申立人と相手方(当時の姓は「牧島」)は昭和二七年一〇月六日結婚式を挙げ、昭和二八年六月二九日婚姻届を了し両者間に昭和二八年六月二九日長男である事件本人牧島明夫が、昭和三二年二月三日長女である同牧島由理が、夫々出生したこと。

(2)  申立人と相手方は結婚後、相手方の実家であつた事件本人の肩書本籍地において相手方の実兄と同居して農業に従事し、次いて昭和二八年一〇月頃右の実兄から別紙目録記載(一)(二)(三)の土地及び改造前の同(四)の建物の贈与を受けてここに転居してからは青果物商を営んできたが、その間相手方が他の女性と関係をもつようになつたため、申立人はその精神的苦悩を克服すべく創価学会に入信したものの、かえつて家庭生活をかえりみない結果を招来し、加えて申立人も他の男性と情交関係を生ずるに至り、夫婦間に深い溝ができた上、転業した喫茶業(前記建物に改造を施して開業)も不振に陥入つたことから、将来の生活にゆきづまりを感じた申立人は突如昭和三九年一〇月九日相手方の不在中事件本人を申立人の実家に送つてほしい旨を手紙に托して家出し妹方に身を寄せるに至つたこと。

(3)  その後、昭和四〇年三月八日申立人の父、叔父、相手方の兄叔父らの仲介により両者間の協議離婚が成立し同時に事件本人の親権者を相手方とする旨の届出を了したこと。

(4)  相手方は申立人の家出後は事件本人らの養育を実兄に托して実家の農業を手伝つているうち、誘めるものがあつて昭和四〇年八月二五日大沢清美と再婚し(婚姻届は昭和四二年四月一八日、大沢清美の実父母大沢隆、同ふみよとの間の養子縁組と同時に行われる)爾来田二〇アール、畑六〇アールほどを耕作する農業に従事しているが、精神的にも経済的にも安定した環境のもとに家族六人極めて円満のうちに生活をしていること。

(5)  一方申立人は現在肩書住居の六畳の一室(離家)を借り(家賃は月額金四、五〇〇円)水道料金の集金、新聞配達、化粧品のセールス等をして月収五万円位を得てひとり生活をしているが、他にみるべき恒産はないこと。

(6)  事件本人牧島明夫は現在中学三年生、同由理は小学校六年生でいずれも成績は中から上の部、出席状況、学習態度とも殆んど非はなく心身ともに健全で、相手方の事件本人に対する教育態度も真し、且つ積極的であり、継祖父母、継母も事件本人に実子同様の愛情をもつて接し、事件本人とてこのような家庭環境にほぼ満足し、平穏無事に生活していること。

二、そこで親権者変更の適否について考えるに、母である申立人は離別以来、事件本人を自己の手許で養育したいといいそれに充分こたえうるだけの受入態勢ができていると主張するが、そして申立人のこのような心情は十二分に理解し同情しうるところであり、また、そのための努力に対し敬意を払わぬではないけれども親権者決定に当つては子の福祉を第一に考えなければならないことはいうまでもないところ、叙上認定の事実によれば実父はもとより継祖父母、継母の慈愛のもとに仲よく、物心両面みちたりた幸福な家庭生活を営んでいる事件本人の現在の生活環境を考えるとき、今にわかにこれを一変することが事件本人にとつて幸福であるとは到底即断できないばかりでなく、申立人の努力にもかかわらず、申立人側の生活状態、環境は必ずとも充分であるとはいいがたい。

なお、事件本人のうち一名につき親権者の変更をすることは実の兄妹を裂く結果となり、事件本人に与える心理的影響の深刻さに思いをいたすと、たやすくこれを認容するわけにはゆかない。

三、次に、財産分与の点につき考えるに、さきに認定したとおり、別紙目録記載(一)(二)(三)の土地は申立人、相手方の婚姻後に取得したものであるが、相手方の実兄から無償で贈られたものであり同(四)の建物もその原型は右と同様で、その後他からの借受金をもつて手を加えたものであり現在空家となつている(この点は申立人審問の結果により窺われる)こと及び申立人審問の結果と登記簿謄本により認められる、別紙目録記載(五)の土地は昭和三八年四月二四日相手方が申立人と婚姻中申立人とともに将来そこで商売をする目的で買受けたものであることのほか、前叙認定の申立人と相手方との夫婦共同生活中の協力度婚姻継続期間、離婚に至つた原因経過、離婚後における申立人の生活程度、相手方の分与能力等諸般の事情を参酌すると、相手方から申立人に対し離婚に基づく財産分与として別紙目録記載(五)の土地の所有権を移転させるをもつて相当と認める。なお、その他の動産、債務についてはその額並びにその各取得分を確認させる資料がないが、申立人、相手方各審問の結果からみても右判断を左右するほどのものとは思われないので考慮の要がないものと認める。

四、以上の次第であつて、本件においては現在親権者を相手方から申立人に変更すべき理由も必要もこれを見出しがたく、それを前提とする事件本人の引渡の申立もともにこれを却下せざるをえず、ただ離婚に伴う財産分与の申立中別紙目録記載(五)の不動産についてはその申立を正当としてこれを認容すべきである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 杉浦龍二郎)

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